本業で仙台を支える~未来に伝えるメッセージ~

仙台七夕祭りを支え、歴史をつなぐ社会貢献運動

本号では、2008年に仙台青年会議所を卒業された、鳴海屋紙商事株式会社、本部長 鳴海幸一郎氏に本業を通じた社会貢献運動についてお話をお聞きしました。

初代が創業した明治16年、弊社は雑貨屋のような商売をしていました。様々な商品のひとつとして、書道半紙や襖紙などの和紙を取り扱っていました。それから私の曽祖父である3代目の頃から紙に特化していきました。

当時の人々は七夕飾りの材料を弊社へ買いにきて作り方を教わり、商店街や自宅、学校などでみんながそれぞれ七夕飾りを作っていました。この頃の七夕飾りは吹き流しだけのシンプルのものでした。戦後、街が焼け野原になった後、復興を願い豪華絢爛な飾りを作るようになり、作り手のレベルも次第に上がっていきました。特に商店街での七夕隆盛にかける熱意は並々ならぬものがありました。今では仙台の七夕飾りの主流となっている「くす玉」が考案されたのもこの頃でした。

平成の時代に入ると、商店街に全国チェーンや外資の店が増え、七夕飾りのノウハウを知らない人が増えていき、加えて商店街の店主の高齢化や在庫スペースの問題から、当社に協力を依頼する企業が多くなりました。そのような企業のそれぞれの七夕への想いを形にする黒子役として長年七夕祭りに関わってきました。材料の販売だけではなく、七夕当日には竿を立て、飾りを取り付けたり、防犯防火のために期間中毎晩飾りの取り外しを行っています。

また、七夕の時期が近づくと各小中学校や市民センターに行き、仙台七夕の歴史や飾りの意味合い、大切さを伝える講演をしています。仙台市内に約180ある小中学校で、各校それぞれ1竿ずつ七夕飾りを作ってもらい、今ある各商店街の飾りの間や、それぞれの地域で飾ってもらうことが私の夢です。

話は変わりますが、仙台JCが行う8月5日の花火祭には非常に助けられています。人の流れが完全に西公園方向に向かうため、アーケード内が閑散とします。そのおかげで飾りの配達や準備にとりかかることができるからです。

私は14年間JCで活動してきましたが、その期間の長さは関係なく、どのようなJCライフを過ごしたかが卒業後活きてくると思います。修練・奉仕・友情の三信条は本業の中でも同じ部分を感じますが、これは最後までやりきったときにわかってくる部分だと思います。

 

鳴海屋紙商事株式会社

仙台創生

東北のインバウンドを考える

前回、外国人観光客を呼び込むためには差別化が必要であるというお話をしました。
今回はその差別化について掘り下げて行こうと思います。

差別化とはそもそも何なのか。国語辞典によると差別化とは「同類の他のものと違いを際立たせること。」とあります。弊社で行っている“観光ブートキャンプ”と呼ばれる合宿では1泊、ないし2泊かけて観光プランを作りこむのですが、「他との違いを際立たせること」は参加者がプランを作る上で最も悩むことの一つでもあります。

私は現在東北インアウトアウトバウンド連合という一般社団法人の副理事を務めています。この団体は「東北6県の魅力を「人」と「暮らしぶり」で高め、民間主導にて「オール東北」をブランド化する事により、東北の観光と物産を世界展開し、東北経済の発展に寄与する」ために設立されたのですが、この目的の中に「暮らしぶり」という言葉が入っています。

これまで観光というと景勝地や美術館・博物館を訪問したり、温泉宿に泊まったりとある程度決まったイメージがあったと思いますが、これからのインバウンドを含む観光(新観光)にはこの“暮らしぶり”の要素が他地域との差別化には欠かせなくなるでしょう。というのもの、外国人観光客は“モノ消費”から“コト消費”に興味が移ってきており、日本らしい体験をしたいという観光客が増えている中で、この“暮らしぶり”が商品としての大きな可能性を秘めているからです。しかし、それはその地域に住んでいるとなかなかその価値に気づくことができません。住民にとってそれはあまりに当たり前の光景だからです。

ひとつ例を挙げようと思います。皆さんは八戸で3月~12月まで毎週日曜日に開催されている“舘花岸壁朝市”をご存知でしょうか。実はこの朝市、日本最大規模の朝市で350もの店舗が軒を連ねます。初めて訪れた方はその店の数もさることながら、そこに買い物に来ている数にも驚くでしょう。早朝とは思えないくらいの人、人、人。毎週数万人が訪れるとのこと。それもその8割以上は地元民だというのだから2度びっくりです。

実はこの朝市、これまであまり観光地として注目されてきませんでした。それは日本最大級といわれる350の店舗も、あの数万人もの人だかりも八戸市民にとってそれは毎週見ることができる当たり前の風景だったからです。しかし、よそ者である僕が見た朝市は、まさに人と暮らしぶり交差する一大観光地でした。

現在では八戸市もその素晴らしい価値に気づき、インバウンドを含めた観光プロモーションを積極的に行っており、毎年のように来場者数が増えているそうです。当たり前だと思っているものが実は世界的にも誇れる観光コンテンツだったという例を挙げてみましたが、是非興味がある方はインターネットで画像検索をしてみてください。その光景に驚きますよ。

“暮らしぶり”に着目すると、その地域のユニークな面が沢山見えて差別化しやすくなります。それは暮らしぶりというものが長年に亘って地域の人々によって育まれてきたものだからです。そして東北にはユニークな暮らしぶりが多く残っています。先述の東北インアウトバウンド連合のメンバーはこの暮らしぶりを最大限に活かしたユニーク極まりないツアーを作っており、次回はそれらについて触れたいと思います。

 

株式会社ライフブリッジ 代表取締役 櫻井 亮太郎氏

1973年宮城県生まれ
アメリカ ワシントン州シアトル Roosevelt High School卒業(高校)、イギリス ロンドン Richmond University, International Business学科卒業(大学)、ドイツ ミュンヘンの語学学校をへて、現地IT関連企業、三井物産ドイツ支店へのサポート・エンジニアとして就労し、1999年にオーストラリア、シドニーでワーキングホリデーを活用しソフトウェア開発会社のヘルプデスクとして就労。
帰国後、2000年-2004年バークレイズ・グローバル・インベスターズ信託銀行マーケットデータサービスエンジニア、2004年-2006年ドレスナー・クラインオート・ワッサースタイン証券会社にてマーケットデータサービスエンジニアを務める。
2006年株式会社ライフブリッジ設立(宮城県仙台市)。
2009年「日本人による日本人のための英語塾」開設。
現在は、最短2日間で英語接客がマスターできる「外国人おもてなし講座」の他、7カ国語での翻訳、世界17カ国への留学斡旋の他、企業とグローバル人材をつなぐ人材紹介業務を行っている。

株式会社ライフブリッジ

仙台七夕まつり×公益社団法人仙台青年会議所

「仙台七夕まつりを通した地域コミュニティの活性化」

本号では、仙台七夕まつり協賛会の実行委員長であり、仙台商工会議所副会頭である、庄子正文氏にお話をお聞きしました。

仙台七夕まつりは、古くは藩祖伊達政宗公の時代から続く伝統行事として受け継がれ、 今日では、日本古来の星祭りの優雅さと飾りの豪華絢爛さを併せ持つお祭りとして、全国に名を馳せております。毎年8月6日から8日に開催され、仙台市内中心部および周辺商店街をはじめ、 街中が色鮮やかな七夕飾りで埋め尽くされ、毎年200万人を超える多くの観光客にお越しいただいております。特に今年は、伊達政宗公生誕450年記念の節目を祝うべく、統一したデザインの札も飾られるなど、一体となった盛り上げを図ります。

今日のような七夕まつりに至るまでには、戦争や不況などにより、衰退と復活を繰り返してきました。終戦の翌昭和21年には、一番町通りの焼けた跡に52本の竹飾りが立てられ、当時の新聞(昭和21年8月7日河北新報)には「10年ぶりの”七夕祭り”涙の出るほど懐かしい」の見出しで報じられたこともありました。

また、東日本大震災では震災直後の厳しい状況の中、「復興と鎮魂」をテーマに、仙台七夕まつりを例年同様8月に開催することをいち早く表明しました。震災の年の7月には東北六市の祭りが一堂に会する「東北六魂祭」を開催し、震災による風評被害や過剰な自粛ムードを払拭し、国内外に復興に向かう被災地の姿を発信しました。今年はその後継イベントとして仙台市を会場に「東北絆まつり」が6月10日、11日に開催されます。仙台七夕まつりはもちろんのこと、青森ねぶたや秋田竿燈など、東北六県県庁所在地の祭りが再び結集します。ぜひともお楽しみください。

そんな仙台七夕まつりの特徴といえば、毎年新たに手作りされる豪華絢爛な笹飾りです。 祭り直前の8月4日早朝、各商店街には山から切り出した長さ10メートル以上の巨大な竹が立ち上げられ、飾りつけの準備が行われます。また七夕まつりに欠かせないのが和紙で作られる「七つ飾り」です。商売繁盛、無病息災など様々な願いを込め、「短冊、紙衣、折鶴、巾着、投網、屑篭、吹き流し」の七つ飾りが飾られていますので、ぜひとも探してみてください。

また仙台七夕まつり協賛会では、地域や子どもたちに七夕の文化や歴史を伝えていく活動を積極的に行っております。ひと昔前は、各地域や家庭で手作りの七夕飾りが作られていました。協賛会では、各地域の商店街と連携しながら、子供会や団体、小学校など、地域で集まって鶴を折ったり、飾りを作ったりし、地域ならではの手作りの七夕飾りの普及活動をしております。地域の大人と子どもたちが一緒になって七夕飾りを作ることで、七夕の文化や歴史が伝承されていくと同時に、地域コミュニティの活性化にもつながってほしいと考えております。

また同時に、仙台の七夕の文化を広く伝えるため、七夕飾りをアメリカや台湾をはじめ国内外の様々な場所やイベントに掲出するなどの活動も行っております。

仙台JCも、七夕まつりの前夜祭である仙台七夕花火祭をはじめ、地域の活性化につながるさまざまな事業を行っておられます。私たちを含め、さまざまな団体と連携することで相乗効果が生まれ、事業の幅も広がっていくはずです。共に仙台を盛り上げていきましょう。活躍を期待しています。

 

仙台七夕まつり

マツ散歩

虎屋横丁

広瀬通から仙台市役所方面へ一番町四丁目商店街(東一番丁)を100mほど行くと「糠蔵(ぬかくら)丁」「虎屋横丁」と刻まれた辻標があります。この辻標から国分町通までを虎屋横丁と呼んでいます。

文禄(1592~96年)のころ、長崎の玄林という医者が伊達家の侍医になろうと仙台に来ましたが、採用されなかったので、薬種屋を開業し「万病円」という製薬を販売しました。長崎から持ってきた木彫りの虎を店先に飾っていたのが、虎屋横丁の名前の由来です。この虎は鎌倉時代に中国から渡来した宋(960~1279年)の名工の作で、古びた趣のある物だったと伝えられています。藩制時代の国分町は町屋敷、東一番丁は侍屋敷でした。国分町角にあった薬種屋がなくなった後も、虎屋横丁の名は1965年4月の「仙台市住居表示に関する条例」実施まで残されていました。

「虎屋横丁」に寄り道「せんだい街さんぽ!」のすすめより

やさしく、つよい仙台娘

私はimamoi株式会社という小さな会社を作って、デザインの仕事をしています。

大学を卒業後約7年、東京でデザイン事務所に勤務していましたが、生まれ育った仙台に戻り独立しました。グラフィック、サイン、空間、広告、VI、WEB、パッケージなどのデザインをしています。仙台に戻ってからは福祉事業所の商品のブランディングや商品開発など、障害のある人との協働にも携わっています。具体的には、施設の方が描いた個性的なイラストや文字を生かしたロゴ、販促ツールの制作(写真1)、視覚障害のある方に点字を打ってもらったノート(写真2)、障害のある方のイラストを使用した広報ツール(写真3)など、障害のある人の得意なことをデザインに活かしています。慈善活動としてではなく、お気に入りとして手に取っていただけるようなものを作る事を目指して日々仕事をしています。

私は福祉の分野に関わるようになり、障害のある人の賃金の安さを目の当たりにし、障害のある人の経済的自立には、商品の売り上げが大きく関わることを知りました。それまでは自分の得意な事であるデザインが福祉の役に立つとは想像もしていなかったので、いろいろな仕事の方が得意分野を生かして福祉と積極的に関わる事が出来れば、誰もが暮らしやすい社会になるのではないかと思うようになりました。

私が子供の頃、父が泉青年会議所の理事長をしていたこともあり、JCのみなさんには昔から大変お世話になっております。これからも仙台が誰にとっても楽しく住みやすい街になるような活動を陰ながら応援させていただきます。

 

imamoi 株式会社 佐藤志保氏

仙台市生まれ。武蔵野美術大造形学部基礎デザイン学科卒。東京都内のデザイン事務所勤務を経て、2015年にimamoiを設立。
imamoi株式会社

色のしかけから持つべきビジネスの視点

緑色はそれほど人の反応が見られない。それは、緑色とは大きな面積で使われたとしても、苛立つこともなければそもそもその存在すらわからないくらいに周囲に溶け込まれているのが普通だからである。私のセミナーや講演で使われるホテルの会場には、テーブルクロスに緑色を使用しているところが多い。しかし、その緑色に気になる様子もなく、受講者は冷静に最後まで私の話に耳を傾けている。あの有名なスターバックスもロゴが緑色。会社の理念としてコーヒー文化を伝えるべく、お客さまが店内に長時間くつろぐことを上げている。見事に、緑色の心理的な効果と理念があっている。緑色はなんとなく日常に溶け込んでいるが、それを実感して欲しい。それがリーダーの視点だ。

うえた さより プロフィール


集客コンサルタント、マーケティングプランナー
株式会社ローズ・ウェッジ 代表取締役
企業、自治体の集客に努める。コンサルティング、執筆、セミナー・講演業。集客に心理的アプローチを高めて売るという方法を生み出したのが特徴であり、これからの売りづらい時代に必要だと説いている。著書に「たった1秒の『イメージ色』で行列店に変わる」(経済界刊)がある。

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