特別対談 はばたけ!大学生海外使節団 ~仙台台南交流の懸け橋となれ~

松井:おかげさまで皆様に参加していただいた台南との大学生交流事業は無事に終わりましたが、参加された学生の声を沢山の方に聞いてもらいたいと思い今回はお越しいただきました。まずは参加されて感じた率直な感想を教えてください。

平間眞珠さん:訪問団として初めて出会った方や学生だけではなく仙台JCの方と行動を共にして色々な視点を持つことができたことが面白かったです。

佐々木哲史さん:素直な気持ちでとても楽しかったです。3年前にも台湾に行ったことがあるので、今回到着して懐かしいという気持ちがまずありました。そしてその時芽生えた国際交流へのチャレンジ精神を再度奮い立たせていただけたことや新しい出会いにも感謝したいと思います。具体的には、今回交流させていただいた南台科技大学の方を仙台に招待したいと考えています。また学生間の交流に留まらず、台南と仙台の市民の方々の交流の懸け橋になれればと思っています。

笹木花梨さん:今回初めて自分から動いてこういった事業に参加してみて、学生という立場でもJCさんのような団体の力を借りながら、自分にできることが沢山あるんだという視野の広がりを強く感じました。また自分が知っている台湾は台北だけでしたので、台南を訪問することで台湾に対する視野も広がったと思います。台南は現代的な部分に伝統的な部分も残っており、個人的には台北よりも魅力的に感じました。

岩本一世さん:私は海外に行くこと自体が初めてでしたが、実質2日間という短い期間の中で交流した台湾の学生とこんなにも仲良くなることできるのかという驚きがありました。違う文化で育った方と話しをすることが新鮮で楽しいことだと感じ、日本に戻ってきてからは留学生のチューターを始めることにしました。この事業に参加するきっかけは、なんとなく面白そうだからという思いつきでしたが、自分の価値観を変える出会いを得られたので思いつきでもチャレンジすることが大事だと学びました。

千田希美さん:率直にとても楽しかったです。以前は大学でいつも楽しくなさそうにしていると言われたこともありますが、事業に参加してから表情が明るくなったと言われるようになりました。この事業をきっかけにして前向きに行動できるようになったと思っています。12月にも地域のイベントがあるので、こちらにも参加しようと考えています。

水野あおいさん:台湾に実際行った期間は短かったですが、行く前にしっかり研修があったことや戻ってきてからも参加メンバーやJCの皆さんと交流があったことは参加した価値があったと思います。これまで海外へ行った時は色々なことを吸収しようという気持ちが強かったですが、今回の事業をきっかけに自分が住んでいる所にも目を向けて、それを海外へ行った時に発信したいという気持ちが強くなりました。

松井:この事業に参加して自分が変わった所や感じたことは何かありますか。

笹木花梨さん:私は仙台に11年住んでいますが、留学生のほうが観光などは詳しいことが多くて、生活と観光というのは断絶しているなと感じます。この事業の事前研修で仙台について考える機会を頂き、仙台を含めた東北という地域に魅力があるのだと気づくことができたことは自分が変わった所だと思います。また台湾についても台北のイメージしか持っていなかったので、台南の伝統を大切にしながら最新の技術を取り入れていく風景が印象に残っています。

平間眞珠さん:台湾の人が日本のここが良いと思う所と仙台にいる人が良いと思う場所にはギャップがありますが、そのギャップも含めて楽しめば良いのかなと思えるようになりました。

佐々木哲史さん:私の経験ですが、台湾の方を日本のプロ野球の試合の観戦に連れていったときに、すごく興奮して喜んでくれたことが印象に残っています。私たちの生活で当たり前になっていることも海外の方には魅力的に見えることがあるのだと思いました。また、海外の方には仙台は知らなくても、東北は知っているという方がいます。東北のイメージを聞くと現状では震災のことを話す方が多いので、それを払拭できるよう仙台を含めた東北の魅力やアイディアを発信していく必要があると感じました。

松井:仙台は空港もあり交通の面から、海外から訪問しやすい環境にあると思います。せっかく来ていただいた海外の方々を仙台だけで留めるのではなく、東北全体に目を向けていただけるような役割を担っていく必要がありますね。

千田希美さん:仙台や地方は東京に比べると個人経営の店の割合が多いように思います。チェーン店ではどこでも同じサービスを受けられますが、個人経営の店ではそこでしか受けられないサービスがあって、そこにその地域の人の温かさなどが含まれているように思うので、そういった部分もたくさんの方に知ってほしいです。

水野あおいさん:最近は人に会うために旅行をするという方も多くなっているように思います。現地の人に会ったりガイドをしてもらったり、そこにしかいない人というのは観光の資源になるのだなと思いました。

松井:今回交流した学生さん同士が親しくなって、あの人がいるから台湾に行くかとか仙台に行くかなどインバウンドの増加には地道ですが、人のつながりというのも大事になってくるのかなと思います。

佐々木哲史さん:お店の方などにしても、その魅力を発信しきれていないことも多いと思うので、私たちも発信の手助けをして新たに訪れる人との絆をつくるきっかけになれれば良いと思います。

千田希美さん:私の地元では高校を卒業したら、地元を出る人がほとんどです。その理由として多いのは地元が何もなくてつまらないというもので、私自身もそう思って一度関東の大学に行きました。何も知らないからつまらないと感じていると思うで、そういった若い世代にも地元の魅力を知って発信する機会を持つことが大切ではないかと思います。

笹木花梨さん:私たちでも手軽にできるSNSの発信力というのは、とても強いものだと感じます。宮城では蔵王キツネ村の例が有名ですが、地元の人には思いもよらないものが海外の人の心をうって、人気が出る。そしてそこに日本人も集まるようになることもあります。SNSの力と地元の人が気づいていない観光資源の結びつきだ大事だなと思います。

松井:気が付きにくい魅力はまだまだあると思います。だからこそ内に閉じこもらず、まずは海外に出ていき繋がりを作って日本に来てもらい、共に行動して新たな魅力を発見していく必要がありますね。今回参加いただいた皆様には今後とも仙台と台南に限らず、国際交流のかけはしとなっていくような活躍を期待しています。本日はありがとうございました。

仙台創生

地域自慢の見える化は、ガイドの存在、価値を高めるキッカケに。

前回のコラムでは、「インバウンドは地域の自慢を引き出すキッカケに。」という話をお伝えさせていただきました。その中で、地域のおすすめをiメッセージ(主語が私はで始まるおすすめ)で伝えられる人、地域を自慢する人が増えることがインバウンドを通して地域力向上に寄与できるのではないかいう考え方にも触れました。今回はさらに一歩踏み込んで、その地域の自慢指数を図るバロメーターは何かというと「ガイド」の存在があるということをお伝えしてまいります。

現在当社では、いくつかの着地型商品と言われる外国人観光客の皆様をご案内する体験プログラムを提供しております。全国的に外国人観光客へ提供しているプログラムは京都であれば舞妓体験であったり、有名な神社仏閣巡りであったり、東京であれば屋形船や相撲部屋体験など日本文化を体験するものが人気です。またはロボットのレストランという派手なエンターネイメントショーが人気のプログラムもあります。いずれも日本でできる、とっておきなこと、特別なことが人気です。ですが、当社で提供しているプログラムは、そのほとんどが地元のガイドとまち歩きというスタイルです。派手な演出はありませんが地元で国際交流したい日本人、仙台在住の外国人が自分のおすすめスポットをつなぎ合わせて2時間程度のまち歩きをプロデュースし、自らがガイドとしてお客様を案内します。市民がガイドを担う地域自慢ガイドなのです。具体的にどんなコースかというと「仙台名物片手にぶらりまち歩き」と「地元人と横丁はしご酒」などが人気です。

「仙台名物片手にぶらりまち歩き」は仙台朝市をめぐりコロッケを食べながら

普段私たちが買い物している市場の中を案内したり、街中にある神社やいろは横丁、文化横丁をめぐり、よく行くお店で、「ここは15時からやっていて早く来るとビールが300円で飲めてお得など」行きつけ自慢をして歩きます(笑)。さらに「地元人と横丁はしご酒」では、横丁にあるそれら行きつけ自慢したお店を実際に2件ほど常連と1軒1杯1品程度で飲み歩くツアーです。

ガイドというよりは飲み仲間かもしれません。

これを聞いた人の多くが、「それがツアーになるの?」とおっしゃいます。

確かに何か特別なことではありません。普段のいわば「暮らしぶり」

を案内しているだけです。ですが外国人観光客にとっては、私たちの「日常」が彼らにとっては「異日常」であり、その体験に価値を見出してくれています。

私たちにとっての当たり前は、他からすれば当たり前ではなく、それを彼らに伝えるのがガイドの役割。そのガイドは誰か?というと、それは実際に住んでいる地元の人間なのです。

彼らが、下手な英語でもいいので「私はこれが好き」と自信持ってガイドすることが、地域のインバウンド受け入れの強化にもつながりますし、外国人観光客にとって、地元の人のふれあいは対価を払って参加したいというアクションに繋がり、地域価値を高めてくれます。だからこそまずは英語でまち歩きを整備することが大切と考え、当社では市民英語ガイド団体Ask me about Sendaiを立ち上げ市民の方と活動しています。官民、そして住民の三位一体が地域インバウンドのキーポイント。そのバロメーターがガイドの存在。ガイドとして地域に関わる人が増え地域自慢力が向上して行くというサイクルが生まれます。

ですが、地域に行くと「うちには外国語話せる人がいないよ」という人も、いらっしゃいます。最終回の次回はその私なりの解決方法と、インバウンドが地域の雇用や経済にどう関わるのかをお話をいたします。

 

アトラク東北株式会社 代表取締役 後藤 光正

1974年生まれ。宮城県出身。仙台生まれの仙台育ち。

大学を卒業後、旅行会社にて企画営業として国内外をめぐる。その後広告企画会社へにて観光業の経験を活かし地域活性化、地域キャラクター、商品プロモーション、販売促進など幅広く活動。のべ4000人以上が参加する地域コミュニティ「センダイ自由大学」をプロデュースするなど地域住民を巻き込んだ地域ブランディングが得意。2016年1月、東北インバウンド観光促進を通じた東北発展を目的に自身の観光業と広告業の経験を融合させ「東北の魅力(Attraction)を世界へガイドする」インバウンド観光プロデュース会社アトラク東北株式会社を設立。地元を自慢する人を増やし、自分たちのまちを自分たちで作る観光づくり・商品づくり・人づくりを支援する観光地域づくりを推進。

アトラク東北株式会社

本業を通じて仙台を支えるJAYCEE

〜「醸造発酵」と「農との連携」で地域を支える〜

 

株式会社一ノ蔵は、浅見商店・勝来酒造・桜井酒造店・松本酒造店が企業合同し、昭和48年に誕生しました。当時は、お米の流通が食糧管理法から自主流通米制度へと移行したことで、大手の生産性が高まり、同時に広告宣伝を集中させたことで、地方の小規模の酒蔵の存在が危ぶまれた時代です。

創業にあたって私たちが大切にしたのは「原点回帰」と「発想の転換」という考え方です。古来より私たち日本人のご先祖様は自然と対峙するのではなく、自然とうまく共生してきました。そのなかで、お酒をはじめとする醸造発酵の技術は、人間の五感を駆使することで、目に目ない微生物と対話をしながら、その働きを応用することで磨かれてきました。こうした民族の自然観に立ち戻ることが「原点回帰」です。また、明治以降、日本酒だけではなく味噌・醤油・酢・納豆・かつお節といった伝統食品産業は衰退しました。原因の一つには酒屋が酒だけ、味噌屋が味噌だけ、お酢屋がお酢だけのことを考えていたことで徐々に行き詰まってしまったのではないか。単一志向・単一商品の行き詰まりからの脱却が不可欠であるとの考えのもと、「発想の転換」を掲げたのです。そこから、私たちはお酒のことだけを考えるのではなく、醸造発酵と農の連携による農業振興と地域の活性化を目指し、お客様にご満足いただける良質の商品を、正直に手を掛けてつくり続けることに創業以来、不断の努力を重ねております。

農の連携による農業振興という視点では、一ノ蔵はお米の使用量を増やすことで地域に貢献しています。創業当時のお酒の出荷量は720kLでしたが、現在は3,000 kLへと4.2倍となりました。しかし、原料米の使用量は、創業当時の250トンから現在は1,900トンへと7.6倍とお酒の出荷量以上に増えています。つまり、品質による差別化を図るため、より多くのお米を使い、香りや味を引き立たせる酒造りを進めてきたのです。また原料米の95%は宮城県産米であり、使用するお米の量は、一ノ蔵がある旧松山町全体で収穫されるお米の量に匹敵します。さらに、原料米のうち3割以上が有機栽培、あるいは農薬・化学肥料に頼らない環境保全米となっています。このことは平成5年の大冷害で宮城ではほとんど、お米がとれなかった際、大冷害にも関わらず、有機栽培をしていた農家さんが平年並みに収穫量をあげていたことをきっかけに、こうした農法が人や環境に優しいだけではなく、冷害対策になることを私たちは学んだことに起因しております。農薬や化学肥料に頼らない米づくりで持続可能な農業を推進するため、特定非営利法人「環境保全米ネットワーク」や大崎市田尻のふゆみずたんぼなどの活動にも、お酒の売り上げの一部を寄付することで応援をさせて頂いております。

さらに平成7年からは、小学生5、6年生を対象として、「集まれ!ミクロの探検隊 いちのくら微生物林間学校」をスタートしました。この学校では、子どもたちに微生物についての正しい知識と微生物の持つ大きな可能性を知ってもらい、自然科学に興味を持つきっけになればという想いから続けております。

また、東日本大震災では、震災直後から全国・全世界から物心両面にわたる多大なご支援を頂きました。東北を応援しようとしる全国的な消費活動の盛り上がりによって、私たちは勇気づけられ、早期の復旧の原動力となりました。そこで、皆様から賜ったご恩にどうにか報いることはできないかという想いから、「3.11未来へつなぐバトン」プロジェクトを開始しました。このプロジェクトでは、震災時に0歳だった子どもたちが無事に二十歳を迎える日まで継続的にサポートを行う「ハタチ基金」の取り組みに共感し、20年間、企画した商品の一ノ蔵の売上の全額を公益社団法人「ハタチ基金」へ寄付することを決めました。皆様から頂いたご恩を、継続的に支援が必要な被災地の子供達のために繋げていきたいと思っております。

プロフィール
浅見 周平氏
一ノ蔵酒類販売株式会社 代表取締役
公益社団法人仙台青年会議所 特別会員(平成27年卒業)

一ノ蔵酒類販売株式会社

色のしかけから持つべきビジネスの視点

「白や紫色はどうですか?」とセミナー終了後に訊いてくる人がいる。正直、この人たちは「何色で集客ができる」と風水チックに理解している。視点が違う。自分のお客さまの反応をあなたが見ることができるかどうかが大事という話なのに。そもそも、白色と言っているが、白色は印刷会社の方から言わせれば、下地の紙の色を指している。私たちは絵の具の白色があると思っている。*白は特色で印刷実際、自社のお客さまが白を見てどう反応しているのか試してみればすぐに分かるはず。私に訊くのではない。自分の目で確かめる。紫色は、周囲を見渡し見て欲しい。意外にビジネスの場で使われているところは限られていることに気づく。気づけば良い。あなたは、新しいビジネスの視点に立ったのだ。

うえた さより プロフィール


集客コンサルタント、マーケティングプランナー
株式会社ローズ・ウェッジ 代表取締役
企業、自治体の集客に努める。コンサルティング、執筆、セミナー・講演業。集客に心理的アプローチを高めて売るという方法を生み出したのが特徴であり、これからの売りづらい時代に必要だと説いている。著書に「たった1秒の『イメージ色』で行列店に変わる」(経済界刊)がある。

公式ホームページ

仙台JCの歴史を紐解くー未来へ伝えるメッセージー

〜ローマ法王謁見を実現 仙台青年会議所の力を結集させた国際事業〜

 

 

仙台青年会議所がローマ法王謁見を実現させたのは1987年のことです。前年の1986年に、仙台初の国際スポーツイベントであるジャパン・トライアスロン「仙台国際大会」を仙台青年会議所が実現させたこともあり、国際都市として仙台を世界に売り出すことに対して、機運が高まっておりました。さらに当時は、仙台空港や仙台新港の国際化が検討され、またソフト面でも様々な国際会議が定着しつつありました。

このような背景のもと、私たちの求める真の国際化とは一体何であるのかを日々議論しました。最初は、何が国際化なのかもよくわからず、国際化の絡むイベントなどを探して、誰か説明してくれる人がいればその人をお招きしては、様々な情報をお聞きしました。そして、仙台の国際化を考えると、遥か昔の先輩である伊達政宗公が実現させていたという事実を抜きにして国際化というのはナンセンスではないか、という話になり、過去の偉人が行ってきた偉業をもう一回クローズアップして、それに続けるような形で実施するのが良いのではないかという結論に至りました。そこで、私たちは支倉常長使節団がたどったローマへの道を再びという想いで、「昭和の使節団」をローマに派遣することを計画したのです。

しかしながら、当時は今のようにインターネットが整備されていませんでしたので、全てが手探りの状況であり、実現まで多くの仲間と苦労を共にしました。青年会議所メンバーの人脈を総動員し、イタリア人の留学生や国際交流会館の方々からイタリアの状況をお聞きするところからスタートするほどでした。ヒアリングの結果から、日本人が単独で本事業を実施するには限りがあると感じ始めていた頃、私の同級生がローマ法王の絵描きをやっていたのを思い出し、その彼を通じてローマ法王の事務局につないで頂きました。幸運のことに彼の奥様も日本とイタリアの橋渡しをしている仕事をしておりましたので、ご協力を得てイタリア側の受け入れ態勢を整えて行ったのです。ローマ法王の事務局とのやり取りに関しては、メンバーの家族の中にたまたま国際弁理士がおりまして、英語の文章を作成して頂きながら、謁見に関する調整を進めていきました。またJETROや国土交通相、仙台市をはじめとして、数え切れない関係各所や企業を巡り、多くのご協力を得ながら派遣側の体制も整えていきました。とにかく手探りで、誰かにインスパイアされたらすぐ飛んで行って、交渉を続ける。このような日々を続け、ローマ法王謁見の実現に向けて少しずつ前進していきました。

同時にイタリアの地で、どのようなことをPRすべきかについて、検討が始まり、文化という切り口で進めることになりました。まずは、宮城県の伝統工芸を全て集めようという話になり、当時の約50あった市町村を行政の方から各市町村へ連絡を入れて頂いた後に全て回って、伝統工芸を集めました。そして、お預かりした伝統工芸品は、バチカンに奉納させていただきました。また、世界的な日本の芸能は、「能楽」であるという理解のもと、登米市にご協力を頂き、仙台に所縁にある「登米薪能」を現地の方々に見ていただくことも計画しました。

「昭和の使節団」は、準備を始めてから約1年後となる1987年10月に実施されました。多くの関係者と共に当時の藤崎三郎助理事長をはじめとした仙台青年会議所メンバーがイタリアの地へ出発しました。現地では、ホテルの一室をお借りして、宮城の伝統工芸を展示し、また薪能をお披露目いたしました。薪能は、暗い中でかがり火をたき、その中で舞うという幽玄な世界です。外国の方が見ると本当に神秘的で、大変話題になりました。そして、いよいよローマ法王謁見が実現される日を迎えることができました。最前列にメンバーが並び、マイクで “ Junior Chamber International Sendai ”(仙台青年会議所)の名前が呼ばれた時の感動は今でも忘れられません。訪問中は、現地からの大歓迎を受けると共に、宮城の伝統文化をお伝えすることができました。これは多くの関係者の力が結集した成果であり、今でも心から感謝しております。また青年会議所だからこそ経験できた事業であり、私たちにとっても、適材適所で、みんなで汗をかけば、様々な事業も実現できることを学んだ人生における貴重な経験であり、大切な思い出となりました。

 


プロフィール
阿部 通夫氏
公益社団法人仙台青年会議所 特別会員
平成2年卒業